変なやつの変なブログ

猫とゲームと何かで塗り固められた何か

バレンタインデーのチョコレート2

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いやぁ、バレンタインデーって本当にいいもんですね~。

この前の記事と真逆の事を書いてしまい、本当に申し訳ない。実は、バレンタインデーから2日経った今日、ある女性からチョコレートを貰ったのだ。
受け取ったときの気持ちは、ウッヒョオオオオオォォォという感じだった。もう、何だろう。脳ミソの端から端までウッヒョオオオオオォォォという感じだった。
ちなみに、貰ったのはトリュフチョコレートとなんかサクサクしたやつだった。美味しかったです。

チョコレートをくれたその女性は、どうやら俺以外の男性全員にもチョコレートを作って渡していたようだったが、滅茶苦茶大変な作業だったと思う。
市販のチョコレートを小分けにして袋に入れるだけなら簡単だろうが、どうやらこれらは手作りのようだった。手作りのチョコレートを計十数名の男性のために作るのはかなり骨のいる作業だったと思う。
本当にありがとうございました。


さて、ここで問題になってくるのはホワイトデーのお返しについてだ。どうしよう。他人のために金を使うのは俺の嫌なことランキング10に入ってしまうし、もしお返しをしたとしても、「あんなデブスからの贈り物なんかいらね」と言われたら元も子もない。
俺はイケメンになりたい。イケメンになれば、ホワイトデーのお返しも、ついでに告白も、キスも、その先もできるのだ。
くそ。イケメンめ。羨ましすぎる。イケメンになれるスーツとか開発して下さいよ、洋服の青山さん。

ゲーム

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DSがもう古いものになってしまった。
ほんの数年前までは「すごい」「最高」「抱いて」とゲームファンを唸らせていたゲーム機だというのに、時の流れは残酷なものである。

今では、3DSなる次世代機が一世を風靡しているが、だからといってDSが面白くなくなったわけではない。
よくDSを外でやっていると、周りの人から「今時DSやってんのかよ」と言われるのだが、誰が何処でどんなゲームをしていようが人の勝手ではないか。さすがに、屋外でファミコンなどの据え置き型ゲームをやっている方がいたらビックリするが。


俺は今、「怪盗ワリオ・ザ・セブン」というDS用ゲームにハマっている。つい最近ゲームの中古屋で、380円(税抜き)で購入したのだが、これがもう面白くてたまらん。どうして今までこんな神ゲーに出会えなかったのか不思議でならない。

俺は金がないから3DSなんて買えず、中古のDSiLLとソフトを買い漁っては毎日やりまくっている。今の中古DSソフトといったら大体100~2000円位で買える。だから、たまに3DSソフトのコーナーを覗いてみると、5000円とか6000円で目が飛び出る。6000円と言ったら、DSiLLの中古がもう一台買える値段だ。増税のせいもあるのかもしれないが、高いものは高い。


遊ばれなくなり、値段も驚愕の安さに落ちこぼれてしまったDSだが、前述した通り決して面白くなくなったわけではない。
DSが流行っていた頃の人々は、それはもう狂ったように毎日毎日DSの電源をいれ続けていたのだ。ああ楽しい、超楽しい、これ以上ゲーム機が進化する必要はあるのだろうか、と毎日毎日思っていたのだ。

そんなゲーム界の風雲児DS先輩を、「今の時代は3DS」などという理由で侮辱するなど無礼千万。
ゲームの面白さは皆平等。「新しさ」は「面白さ」に比例するとは限らないのだ。

しかし、新しいゲーム機が生まれることで、古いゲーム機に目を向けられなくなっていくのは事実。悲しいことだが、それをどうにかする術はない。
だから、俺はDSの面白さを忘れないようにしたい。どんなに時間が経ち、4DSだの5DSだのが発売されたとしても、「ああ、やっぱDSもたまにはいいね」ぐらい言える人になりたい。


とりあえず、俺が3DSを買うのは、3DSが6000円で買えるようになってからだ。
きっとその頃には、さらなる次世代機が一世を風靡していることだろう。


ニンテンドーDSi LL イエロー

ニンテンドーDSi LL イエロー

バレンタインデーのチョコレート

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やはり今年も0だった。まあ、仲の良い女性がいないどころか仲の良い男性すらいない俺は、今年に入った時点で全てを諦めていたのだが。

チョコレートなんて、買う金さえあれば365日いつでもどこでも誰とでも食べられるのだから、2月14日にチョコレートを貰えなかった程度で悲観することはない。
好きでもない女の子から別段好みでもないチョコレートを受け取って苦笑いするよりは、自分でねるねるねるねを買ったほうが数倍お得だ。
ましてや、市販の板チョコを溶かしてまた固め、手作りと称して憧れの先パイに渡すなど詐欺行為に近い。森永がポッキーにオリジナルの味付けをし、新商品として発売するほどの愚行だ。もし俺が憧れの先パイだったら、渡してきた後輩にこういい放つだろう。

GODIVAじゃないの?」

正直、GODIVAが旨いのかどうなのか俺には分からない。食ったことがないのは勿論のこと、興味はあるが「食ってみようかな」と軽く買えるものでもない。だから、もし俺にGODIVAをくれる女性がいたらとても嬉しい。好きになるかどうかは別として。


さて、ここまで、2015年度のバレンタインデーにチョコレートを貰えなかった俺が何の身にもならない言い訳をしてきたわけだが、そんな俺も、一度だけ家族以外の人からチョコレートを貰ったことがある。

あれは俺が中学三年だった頃。
バレンタインデー当日、吹奏楽部の後輩から突然呼び出しをくらった。待ち合わせ場所は中学校の正門前。時間は昼頃。俺はその時間まで、色んな意味でそわそわしていた。
待ち合わせ時間ピッタリに俺は正門前にやってきた。暫くそこで待っていると、後輩が自転車に乗って現れた。俺はその後輩と少し会話をし、後輩から箱を受け取った。キットカットのイチゴ味を箱のまま渡されたのだ。

その後、後輩は颯爽と自転車で去っていった。俺はその男らしい後ろ姿を、なんとも言えない目で見守った。
そう、俺は男性の後輩からキットカットを貰ったのだ。しかも、その後輩はあまり俺と仲が良いとは言えない仲だった。そのような微妙な関係だったからこそ、余計俺を微妙な気持ちにさせたのだった。


キットカットは美味しかったです。


無題3

日曜日の朝。昨日の夜に干した洗濯物を取り込んでいると、私はある異変に気がついた。

下着がないのだ。

下着泥棒という言葉はたまにテレビで聞くが、まさか男性である私のもとにも下着泥棒がくるとは。
ゲイの方の仕業だろうか。それとも女性の仕業だろうか。正直、女性だったらいいな、と思っている自分がいる。そして美人だったらなお良い。いや、そんなことをする美人とは付き合いたくないな。ボロアパートの一階に住んでいるということも、狙われる原因の一つなのだろうか。
なに、下着を盗まれたこと位、どうということはない。パンツが盗まれたらまた買いにいけばいいだけの話だ。私は腐っても男。その程度で怖くなって泣いたりなどせんよ。


しかし、その次の日も、そのまた次の日も、下着は盗まれ続けた。
やはり、犯人を放っておくのが一番悪かったのだろうか。このまま完全に常習化されてしまうと、盗まれるたびにパンツを買わなければならなくなり、私の家計はパンツで圧迫されることになる。だからといってパンツを履かない生活をすると人間性を疑われる。

私は何か対抗策を考えることにした。しばらく悩んだ末、防犯カメラを買うことにした。
そこら辺の電気屋で安いのがあったので適当に買ってきてベランダに設置をする。これで対策はバッチリだ。犯人への威圧にもなるし、これでもう安心だろう。


翌日。ベランダを見ると、粉々になった防犯カメラが床に散乱していた。「破壊された」というより、「床に叩きつけられた」といった具合に壊れている。もちろん、下着は消えていた。
私は今更ながら怖くなった。下着泥棒の謎の執念に恐怖し、おもわず泣きそうになった。

その恐怖からか、安いといっても一万円はした防犯カメラを一日で壊されたことからか、私は自暴自棄になった。
近くのスーパーで大量の男性用下着を買い込み、ベランダに吊るしまくった。赤、青、黄、緑、スパンコールなど多種多様な男性用下着がベランダを飾り立てた。
これほどの下着を下着泥棒に与えれば、相手も満足して泥棒を止めてくれるだろうと思ったのだ。

傍から見れば、「異様」を通り越して「不気味」だっただろう。ボロいアパートの一階に、ご自由にお取りくださいと言わんばかりの量のパンツがぶら下がっているのだ。近所に住む人のほうが恐怖したに違いない。


翌日。果たして、下着は全て盗まれていた。
しかし、いつもとは少し違う点が見られた。下着が落ちていたのだ。まるで、ヘンゼルとグレーテルがパンの欠片を森に落としていった様に、赤や青の下着が点々と地面に落ちている。
私はその下着を回収しながら歩いていった。すると、終着地点はアパートの縁の下だった。私が恐る恐る縁の下を覗くと、そこには今まで盗まれてきた私の下着と、一匹の猫がいた。

犯人は縁の下に住み着いている野良猫だった。男性用下着のゴワゴワした感触がお気に召したのだろうか、私の下着は野良猫の巣と化していた。
防犯カメラが壊れていたのは、猫が、干してある下着を取ろうとジャンプしたときに、猫に当たって落ちたからなのだろう。取り付けが甘かったのかもしれない。

私はホッとした。犯人が人間でないと知った瞬間、不安や疲れが一気に消えたような気がした。
今夜は久しぶりにゆっくり眠れそうだ。


その日から、私の下着が盗まれることはなくなった。猫が巣作りに十分な量の下着を得たからだろう。私は野良猫の巣作りに思わぬ形で貢献できたようで、何だか嬉しくなった。

また、私は近所の小学生に「恐怖のベランダパンツ男」と呼ばれるようになったのだが、それはまた別の話。

怪奇現象

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この前、うちの猫が突然二本足で立った。
そして何もない空中をじっと見つめていた。

たまにうちの猫は変な行動をとるから恐ろしい。階段をちらりと見て突然走り出したり、襖に向かってしきりに鳴いたり、ラジバンダリ。
このような光景を目の当たりにすると、幽霊が大嫌いな俺は塩を撒きたくなる。しかし、実際に塩なんか撒いて猫が舐めたりしたら笑い事じゃ済まなくなるからどうしようもなくなる。
どうしようもなくなった俺は、愉快な音楽を脳内で流して自分を元気づけようとするのだが、そういうときに限って「世にも奇妙な物語」のBGMしか思い出せない。

人間以外の動物は、人間には見えないものが見えたり、感じられないものを感じたりするそうだが、本当だろうか。
代表的な例として、地震を感知できるナマズがある。「ナマズが暴れると地震が起きる」ことは江戸時代の常識だったようだし、何だか信憑性は高そうだ。その点、俺の携帯の緊急地震速報アプリは全く使えなかったからアンインストールしてしまった。
これはもうナマズに頼るしかない。買ってこようか。飼ってみて、全く役に立たなかったら食べてしまうのもいいかもしれない。クックパッドで「ナマズ料理」と検索してみたら何件かヒットしたので驚いた。

そういえば、一ヶ月位前のことだっただろうか。真夜中に自室でゲームをやっていたら、階段からドスドスと足音が聞こえた。俺は、「あぁ、猫か。」と思ったのだが、そのとき猫は俺の部屋にいた。
全身を凄まじい寒気が襲った。俺は普段家族の中で一番遅くに寝るから家族の誰かではないし、そう考えると……。

いや、もうこの話はやめよう。

遠景

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空気が澄んでいるのかなんなのか俺にはよくわからないが、冬は遠くがよく見える。
ちょっと前までアパートに住んでいたのだが、そこのベランダから富士山が見えて、なんだか嬉しかった。まあその嬉しさも毎日味わうごとに薄れていき、だんだん何とも思わなくなっていったのだが。

俺は高いところから見える景色が好きだ。ノスタルジーとかとは違うかもしれないが、それに似た感覚を得る。修学旅行で京都タワーに登ったときは本当に感動した。

遠く離れたビルの中にも人間がいて、今の俺や周りの人みたいに普通に生活している、と考えると何だか怖くなる。胸がギュッと締められるような気分になり、泣きたくなる。
でも、あくまで泣きたくなるだけであり、本当に泣きはしない。本当に泣いたらちょっと怖い。東京タワーやスカイツリーの展望台でおいおい泣いている男がいたら、俺だったら近づかないだろう。

俺は星空も好きだ。北海道に住んでいた頃、家族で星を見に行ったことをよく覚えている。その日はまさに最高の天気で、東京で見る金星位の明るさの星が大量に集まった天の川や、普段の三倍はある流れ星を見た。生まれて初めて景色を「美しい」と思った日だった。

もし、もう一度その景色を見れたら、多分マジ泣きするだろう。スカイツリーの展望台でおいおい泣いていた男の三倍は泣くだろう。もうわんわん泣くに違いない。

北海道の夜空を見ながらわんわん泣いている奴を見かけたら、お近くの警察に通報したりせず、そっとしておいてやってほしい。

無題2

――ある朝、私がなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一つの巨大なキャベツに変っているのを発見した。

私にも多少変身願望はあった。一応私は腐っても男だから、小さい頃から仮面ライダーとかスーパーマンとかに変身して悪をやっつけたいと考えたことはある。無論、大人になっていくにつれてその願望は徐々に消えていったが、それに似た妄想をすることはたまにある。変身とはまた違うだろうが、大金持ちになりたいとかハーレム王になりたいとか。
物事が簡単に実現しない今だからこそ、この妄想力はより力を増したのかもしれない。そしてその妄想力が力をつけすぎて、現実世界にまで侵食してきたのかもしれない。

しかし……キャベツか。

キャベツは想定外だ。キャベツになりたいとは全く考えたことがない。というか、キャベツが変身の対象になり得ることに驚きを隠せない。これにはグレーゴル・ザムザもびっくりだ。


私がキャベツになってから約一時間半経過した。そして、キャベツにはキャベツ特有の感覚があることがわかった。キャベツには目も耳も鼻もないのに見えるし聞こえるし嗅げる。これは、人間であった頃の感覚とはまた一味違うものだ。
さらに、自分の鮮度を明確に知る感覚もあることに気付いた。私の鮮度は最高だ。収穫直後のキャベツと言えるだろう。もっともシャキシャキで味のいいキャベツだ。

まあ、こんなことを知ったところでどうにかなるわけでもない。人間に戻りたいが戻れないし、動けないから友人や家族に連絡をとることもできない。声もでないから助けも呼べない。
最悪だ。
このまま私は腐っていく悲しみを味わうだけなのか。

そのときだ。私の部屋のドアがゆっくりと開いたのだ。助けがきた。そう思った。

飼い猫だった。いつもより起床が遅い飼い主を呼びにきたのかもしれない。腹が減ったというようにニャーニャー鳴きまくっている。
しばらく部屋をぐるぐると歩いていたその猫は、ベッドに置かれた大きなキャベツを見て目を光らせた。

嫌な予感しかしない。

案の定、私は食べられた。猫はもう夢中になって私にかぶりついていた。
私はこのとき、最上の興奮と幸せを得た。別にマゾヒストだったわけではない。きっとこれもキャベツ特有の感覚なのだろう。人間だったときにした自慰行為の何倍も興奮した。

これがキャベツか。キャベツになるのも悪くない。寧ろ、キャベツになってみて良かったと思う。
人生、なんでも経験することが大切なんだな……。


目が覚めた。
少し頭がボーッとするが、何だか変な夢を見ていたような気がする。いつもの様に私はベッドから起き上がり、大きな伸びをした。
今日は無性にキャベツが食べたい。