遠景
空気が澄んでいるのかなんなのか俺にはよくわからないが、冬は遠くがよく見える。
ちょっと前までアパートに住んでいたのだが、そこのベランダから富士山が見えて、なんだか嬉しかった。まあその嬉しさも毎日味わうごとに薄れていき、だんだん何とも思わなくなっていったのだが。
俺は高いところから見える景色が好きだ。ノスタルジーとかとは違うかもしれないが、それに似た感覚を得る。修学旅行で京都タワーに登ったときは本当に感動した。
遠く離れたビルの中にも人間がいて、今の俺や周りの人みたいに普通に生活している、と考えると何だか怖くなる。胸がギュッと締められるような気分になり、泣きたくなる。
でも、あくまで泣きたくなるだけであり、本当に泣きはしない。本当に泣いたらちょっと怖い。東京タワーやスカイツリーの展望台でおいおい泣いている男がいたら、俺だったら近づかないだろう。
俺は星空も好きだ。北海道に住んでいた頃、家族で星を見に行ったことをよく覚えている。その日はまさに最高の天気で、東京で見る金星位の明るさの星が大量に集まった天の川や、普段の三倍はある流れ星を見た。生まれて初めて景色を「美しい」と思った日だった。
もし、もう一度その景色を見れたら、多分マジ泣きするだろう。スカイツリーの展望台でおいおい泣いていた男の三倍は泣くだろう。もうわんわん泣くに違いない。
北海道の夜空を見ながらわんわん泣いている奴を見かけたら、お近くの警察に通報したりせず、そっとしておいてやってほしい。